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◇2017.09.28  衆議院の解散、総選挙の呼びかけ
◇2017.07.08  「核兵器禁止条約の国連会議」は、本日、核兵器を法的に禁止する史上初めての条約を採択しました!
◆2017.06.15  共謀罪採決強行に怒りを込めて抗議する!

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京都うたごえ協議会

職場のうたごえプロジェクト会議 

全国自治体のうたごえ協議会

 

 


2017年日本のうたごえ祭典inいしかわ・北陸

 「つなごう いのち つくろう 平和世(ゆ)」をテーマに開催された2017日本のうたごえ祭典inいしかわ・北陸に参加しました。11月25日、いしかわ総合スポーツセンターで5,500人の参加で大音楽会が開かれ、「いのちのうた」ステージで「人間として労働者として」、「もしあなたに出逢ってなかったら」や忠やんの指揮する全国合同「あかつきの空に」を全国の仲間と一緒に歌いました。大感動です!

 歌手のクミコさんが女声合唱とともに歌われた「うまれてきてくれてありがとう」もよかったし、「平和と連帯のうた」のステージで、シンガー・ソングライターの梅原司平さんと合唱団が核廃絶を求めて歌われた「折り鶴」もよかった。

 作曲家・池辺晋一郎さんの指揮で、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がモーツァルトの名曲を演奏。オーケストラの伴奏による「青い空は」「ふるさと」の合唱は素晴らしかった!!

 翌26日、合唱発表会「職場の部」で日頃の練習の成果を存分に(?)発揮しました。本番直前リハーサルの音です。

ひとつぶの涙  こどもを守るうた


 

 

 

指揮者の山本忠やんと最前列に巣立ちの仲間が、・・・小さすぎてよくわからない

感動的なフィナーレ

晴れ舞台を前に緊張の3人

 

 

 

 

 


 

内灘闘争の跡地を見学しました

 2017日本のうたごえ祭典inいしかわ・北陸 への参加はお疲れさまでした。
 私は、これを機会に、かつての内灘闘争の跡地を見学し、そして大音楽会に臨もうと思いましたので、その経過を書いてみました。(たかちゃん)

 2017日本のうたごえ祭典inいしかわ・北陸の大音楽会の冒頭に「内灘かぞえ唄」が演奏されるとの話を聞いたとき、私は、この機会にぜひかつての内灘闘争の跡地を訪れてみたいと強く思いました。
 私が内灘闘争のことを聞いたのは大学生の時で、日米安保条約の再改定や沖縄、ベトナム、東富士、ビキニデーなどの活動のなかで、先輩などからよく聞いたものでした。
 米軍砲弾試射場に使用するために政府が決定した内灘砂丘地接収計画に反対し、住民がデモや座り込みを続けたものの、結局接収されたが1957年に返還されたこの闘争は、初期のうたごえ運動としても大きな意義をもったものとして今も語られています。 「内灘かぞえ唄」はその象徴のようなものでしょう。
 
 11月25日午前8時前の荒天のなか、北陸鉄道内灘駅から歩き始め、約15分で荒波が打ち寄せる内灘海岸に出ると約100m東方に「射撃指揮所」の建物がありました。 すぐそばに50m四方はありそうな半分は砂に埋もれた海の家の廃屋があり、これに比べると指揮所の建物はよく保存されており、内灘町が史跡として保存活用に努力していることがわかります。 
(写真1)
 急に雨が降ってきたのでいったん内灘駅に戻りました。 途中に、これも遺跡の「鉄板道路跡」がありましたが、雨のため見学は割愛しました。
 内灘駅からは町営バスで白帆台公民館まで行き、そこから約5分で海岸添いの高台にある「着弾地観測所」へ行きました。
 約300mの道は途中まで舗装され、その先も砂利道ですがよく整備され、道の両側も除草されていて、ここにも内灘町の取り組みが認められます。 ごつごつとしたコンクリート製の建物で一部は崩れていましたが、ほぼ当時のままの姿でした。
 海に面して横長ののぞき窓(ゴルゴ13の眼のような)から、着弾の様子を観測していたことが分かります。 
(写真2)
 観測所跡地はもう1箇所あるのですが、バスの便がないため、今回は断念しました。
 
 現地の遺跡を見学し、大音楽会で唄を聴き、合唱曲集で歌詞を読んで見ると、当時の、それこそ何もない中での素手の闘いの様子が迫ってきました。 (写真3)

 そしてそれは当時のものだけでなく、今、現実に沖縄の辺野古、高江で行われている政府の行為と、それに対する反対・抗議行動とダブってきます。 うたごえの仲間も多く参加しています。 あらためて「うたごえは平和の力」という実感を強くしたいちにちでした。

写真1

写真2

写真3

 


「勝つ方法はあきらめないこと」
 

      ー辺野古新基地阻止うたうー

 

 しげるちゃん (火曜日, 07 11月 2017 17:54)

 沖縄防衛局は昨日、辺野古の新たな護岸工事の着工を強行しました。沖縄うたごえのつどい報告で書いた海側のテント村、沖縄を返せを歌った海岸沿いのすぐそばです。報告にも書いたように抗議活動や翁長知事、稲嶺市長の権限行使のため工事は「重大な遅れ」があり、肝心な部分にいきつきません。今回も示されたオール沖縄の思いを踏みにじる暴挙は許せません。 

  9月23日、沖縄県・名護市民会館で開催された”ストップ!辺野古新基地建設「命を守る音楽とトークのつどい」”(以下、つどい)に、参加しました。つどいは、日本のうたごえ協議会と沖縄のうたごえ協議会の共催で、沖縄のたたかいへの連帯と激励をうたごえで発信するもの。 参加メンバーは、「歌う映画サークル=巣立ちNo.1」(以下、巣立ち)有志3名+1名です。

 前日22日の早朝、京都を発ち伊丹から昼前に那覇へ到着。巣立ちの指導をしていただいている山本忠生さん紹介の、沖縄うた協・伊波さんの案内で、米軍キャンプシュワブゲート前で座り込みを続ける仲間への連帯・激励行動を行いました。その日、座り込みをしておられた瀬長亀次郎さんのお孫さんに、京都から持参した府職労やきたかみ原発ゼロネット、京都うたごえ協議会の寄せ書きや色紙、清酒九条(不戦)を手渡して、京都でも「米軍がもっとも恐れた男」の上映が行われていることなども含め懇談。座り込みと全国の激励が、新基地建設工事に深刻な遅れを生んでいることなどを明るい笑顔で語っていただきました。

 

 

 

 

左から3人目が瀬長亀次郎氏の孫

 

物々しいキャンプシュワブ警備

 

座り込みテント内

 

テント前の横断幕

 

 次いで、東村高江の「ヘリパッドいらない住民の会」の座り込みテント2ヶ所を訪れました。昨年の参院選投票日翌日、全国から動員された機動隊員ら千名近くが座り込みの仲間たちを暴力的に排除し強行されている6基の新たなヘリパッド。座り込みの仲間たちはそれを、プディング(プリン)と呼んでいました。形が似ているだけではありません。工期に追われるあまり、「版築」(土を突き固めること)が極めて不十分で、水が浸み込み易く、言わばぶよぶよしているとのこと。大重量のオスプレイの発着は重大事故に繋がる二重三重に危険なものであることを教えていただきました。

 N1裏と呼ばれるテントと訓練場との境界には、警護の制服の若者が直立不動でこちら側を睨んでいました。10月11日、大型輸送ヘリCE53Eが墜落・炎上しましたが、N1裏はその現場の目と鼻の先です。

 

 

 

「ヘリパッドいらない住民の会」座り込みテント

 

訓練場との境界をふさぐ柵

 

柵の内側に直立不動の警備員

 

東村高江のヘリパッド位置図

 

 翌23日は朝8時、つどい参加に全国から駆けつけた40人余りの仲間とともに、海上ヘリ基地反対運動の時から足掛け14年にも及ぶ(この日は4906日目)大浦湾の南にあるテント村を訪問。監視活動を続けている田中さんからたたかいの現状を学びました。

 田中さんは座り込み監視活動が工事の遅れを深刻なものとしていること、併せて、沖縄県のすすめる岩礁破砕工事差し止め訴訟や、名護市長権限の法律・条例事項に基づく指導の正当性から、国も海底地盤が軟弱で、工法等を大きく見直さざるを得なくなっていることなどを説明。その遅れを糊塗するために、国・防衛局は大浦湾北西端の護岸を突貫工事で強行し、それでも300mの計画のうち、100mしか完成できなかったのを大々的にマスコミに公開し、「これだけ進んでいるのだから反対運動はムダだ、あきらめろ」とキャンペーンを張っていること。しかし内実は水陸両用車や強襲揚陸艦が接岸するための岸壁、V字型滑走路の先端部分に当たるあたりの海底が軟弱で、今の埋め立て計画は見直さざるを得ず、そのため急遽国交省から埋め立て専門の技官を6人も防衛省に出向させているがメドがたたないことなどを教えていただきました。(防衛省の資料でもその部分に活断層が存在することが判明したと、赤旗が後日報道していました。)

 国のゴマカシについてもう一つ教えていただきました。普天間基地返還の条件が辺野古新基地建設だというウソです。返還には新基地に普天間にはない8つの機能が義務付けられており、その一つでも欠けると返還はされないのです。海上に突き出た弾薬装弾場や強襲揚陸艦接岸岸壁もその一つ。つまり、米軍と国の狙いは返還などではなく、普天間も新基地も両方使い続けるということなのです。

 終わりに田中さんは「こうしたことを全国に伝えてほしい。そして、私たちは勝つ方法を知っていることも。それは、あきらめないことなのです。今が阻止への正念場です。」と結びました。

 おおらかに楽天的に語る田中さん。説明を聞いてテント前に掲げられた「勝つ方法はあきらめないこと」の看板が朝日に一層燦然と輝いて見え、大きな感動と確信を覚えました。

 そして、その感動を胸に、参加した全国の仲間とともに伊波さんたちのアコーディオン伴奏で「沖縄を返せ」「ウィーシャルオーバーカム」を海に向かって歌いました。

 

 

 

大浦湾を望むテント村

 

勝つ方法はあきらめないこと

 

田中さんより監視活動の説明を受ける

 

海に向かって歌う全国の仲間

 

 午後は、この勢いでつどいに参加し、「あかつきの空に」を大合唱しました。

 つどいでは、「平和への発信」」と題するトークに稲嶺名護市長が発言。辺野古新基地建設では市長権限が6項目あり、権限を行使して基地を造らせないで頑張っていると強調。沖縄防衛局に申請書類の不備を指摘し防衛局は申請を取り下げたことを明らかにしました。

 合唱組曲「こわしては.いけない~無言館をうたう」を指揮した作曲家の池辺晋一郎さんは「憲法は壊してはいけないと声高に言わなくてはならない時期だ」と訴えました。糸数参議院議員もあいさつ。翁長沖縄県知事も沖縄県の再三の行政指導を無視して新基地建設を強行する政府を、法治国家のあり方からほど遠いものがあると告発し、阻止への不退転の決意をメッセージに寄せました。

 

 

 

「あかつきの空に」を大合唱

 

稲嶺名護市長

 

指揮する作曲家の池辺晋一郎さん

 

糸数参議院議員

 

 翌日は美ら海水族館を観光し、瀬長亀次郎さんの不屈館を訪問。美しい青い海、明るく楽天的にたたかいをすすめるテントの仲間たち、住民の思いを受け、支えられて環境や平和、住民の安全のために自治体の持つ権限を駆使して行政をすすめる市長や知事。たたかいと自治体本来のあり方、果たすべき役割を教わった濃密な3日間でした。

 

 

 

美ら海水族館から広がる青い海

 

不屈館の瀬長亀次郎

 

今帰仁グスク(23日)

 

お世話になった沖縄うた協・伊波さんと

 (巣立ち・府職労連 K・S)